もう教えることはない あとはお前次第だ
(鱗滝左近次 『鬼滅の刃』に登場)
愛する家族を鬼に殺され、唯一残った妹を鬼にされた少年・炭治郎(たんじろう)。
彼は、妹の禰豆子(ねずこ)を人間に戻すため、家族の仇を討つため、そして、天下万民を鬼の脅威から救うために立ち上がります。これが『鬼滅の刃』(吾峠呼世晴・ジャンプコミックス)のストーリーです。
(この後、『鬼滅の刃』第1巻のストーリーについてのネタバレを含みます)
炭治郎は狭霧山に赴き、鱗滝左近次(うろこだきさこんじ)という人物のもとで修行を積みます。命がけの訓練に耐え、剣士としての極意を教わりました。
ところが、狭霧山に来て1年後、鱗滝さんから、突然、冒頭の言葉を言われるのです。鱗滝さんは炭治郎に大きな岩を示し、「この岩を斬れたら“最終選別”に行くのを許可する」と告げます。最終選別とは、鬼と戦う鬼殺隊の一員になるための選抜試験のことです。
人間が岩を両断することなど、できるわけがない。
しかし、それをやれと言う。
それ以来、鱗滝さんは何も教えてくれません。
炭治郎は頑張りますが、半年経っても岩は斬れない。
くじけそうな炭治郎の前に、不思議な少年・錆兎(さびと)が現れます。
「男が喚くな 見苦しい」
炭治郎を、さんざんに打ちのめす錆兎。
鱗滝さんから習ったはずの秘術について錆兎は、
「お前は知識として それを覚えただけだ お前の体は何もわかってない」
こう、手厳しく指摘します。
同じく出現した謎の少女。真菰(まこも)にもアドバイスをもらいながら、さらに半年、修行を積んだ炭治郎は、ついに大切なものをつかむ。
こういう姿が描かれています。
作者の吾峠先生は、主人公が強くなるまでの2年にもおよぶ修行にかなりの話数をあてて入念に描写しています。本連載【その1】で取り上げたレインボーマンもそうですが、『鬼滅の刃』は「修行」に力点を置いた作品なのです。
吾峠先生の担当者は、エンタメ性重視の観点からでしょうが、すぐに炭治郎を強くして、早く敵と戦わせたい意向を示していたらしい。
でも吾峠先生は、「ふつうの人間がそんなに短期間で鬼と戦えるようになるはずはない」というふうに考えて、あえて修行期間をじっくりと描いたそうです。
頑張っているつもりでも、能力が急に伸びることはない。
仕事だって、目に見えては、はかどらない。
そんな現実の人生を歩んでいる僕たちにとって、炭治郎の苦闘する姿は、深く共感できるものだと思います。
どんなにすばらしい自己啓発書を読んでも、実際にできるかどうかは別問題。
錆兎の言う通り、知識として覚えた「だけ」ではダメで、「体で覚える」ところまで実践と反復が必要なのだと感じます。
体で覚えてこそ、結果というものが現れてくるんですね。