tadashi133’s diary

実用エッセイや、趣味のエッセイを連載。

作家になりたい人へ プロデビュー26の秘密 【その25】冒頭で心をつかめ

 デビュー作というのは作家にとって特別なものです。

 (片沼ほとり『なりすまし聖女様の人生逆転計画』ダッシュエックス文庫

 

 この本が片山先生のデビュー作。いままで無名の素人だった人が、本の著者になる。これは本当に恵まれたことですね。

 その後に何作書こうと、デビュー作は変わりません。デビュー作には、著者が長年あたため続けていた思いが凝縮されています。後に書くことになる様々な作品の要素が、デビュー作の中に盛り込まれていることが、よくあります。

 片沼先生のデビュー作、『なりすまし聖女様の人生逆転計画』は、第12回集英社ライトノベル新人賞「IP小説部門#1」で、応募総数495本の頂点に立った作品です。この小説のあらすじを、ネタバレを避けつつ、ご紹介しましょう。

 

 生まれつきの身分と魔力が人間の価値を決めるフロール王国。軍所属の女戦士・アリシアは、大きな魔力を持って生まれたものの孤児であるため身分は低く、活躍の割には差別的な扱いを受けていた。ある日、上官からの嫌がらせとも言える指示で単騎出撃を命じられ、敵の魔法使い軍団に囲まれてしまう。死んだと見せて逃げのびたアリシアだったが、これまでの生活に嫌気がさし、親友・マリーヌのもとを訪れる。これからどうしようかと途方に暮れるアリシアに、マリーヌは、ある提案をする。このまま死んだことにして、この国で百年に一度、召喚の儀式で出現する「聖女」になりすませばいいのだと。聖女になれば、安楽で落ち着いた暮らしが待っている。やがて、国を挙げた召喚の儀式の日がやってきた。魔法陣が描かれた祭壇を魔力で爆破、もうもうたる白煙でごまかしながら空間転移魔法で現れたのは、聖女様ふうのそれっぽい衣装に身を包んだアリシアだった。「フロールの皆様、初めまして。この国を導きに参りました」。おごそかに告げたアリシアのニセ聖女生活が始まった。ところが、次々に問題がふりかかってきて……。

 

 こんなお話です。

 このお話から学べることはたくさんあると思います。

 たとえば、「主人公が正体を隠して何かになりすます」という設定は読者の興味をひきつけやすいということです。主人公の正体は、限られた登場人物と読者だけが知っており、バレそうになるのをどうやって切り抜けるか、偽物でありながら実質的に本物のような活躍をしてしまうあたりが面白さになっています。

 もう一つだけあげると、「冒頭で惹きつけよ」ということです。この作品の冒頭は、こうなっています。

 

 生まれてこの方、良くも悪くも常に目立ち続けてきたアリシアだったが、さすがに数千もの人々から注目を浴びるのは初めてだった。

 

 これが冒頭の1文です。

 どこが上手いかというと、読者に「知りたい気持ち」を起こさせていることです。何百ページの本であっても、たったいま、読み始めたばかりの読者にとっては、「タイトル」と「冒頭の数行」だけがその小説の全てです。そこで興味を持ってもらえなければ、おしまいなのです。

 だから、1文目を読んだ段階で2文目以降の展開が気になるように書くのが、上手いやり方です。この小説の場合、冒頭で、「アリシアというのが何か強い特徴を持った人物であるらしいこと」と、「数千の人々から注目されている状況にあること」が示されます。読者は「アリシアってどんな人かな」「なんで注目されているんだろう」と感じて、続きが読みたくなります。

 アメリカのスーパーヒーロー・バットマンの武器に「グラップルガン」という、フックのついたロープを発射する銃のようなものがあったと思います。また、忍者がカギのついた縄を引っかけて壁を登る場面がありますよね。

 そのフックにあたるものを、冒頭の場面で読者の心に引っかけることが大事なのです。そして引き寄せる。ミステリーで言えば「冒頭に死体を転がす」ということが、よく行われています。とりあえず誰かが死んでいたら、「誰が、なぜ、こんなことをしたのか」を読者は知りたくなりますから。