夏目漱石だって、僕のようにバンドを組んでいたわけではないんです。
(中村航『これさえ知っておけば、小説は簡単に書けます。』祥伝社)
累計90万部を超えるベストセラー『100回泣くこと』などで知られる中村航先生は野間文芸新人賞などを受賞し、『ぐるぐるまわるすべり台』で芥川賞候補にもなっています。そんな方が「小説は簡単に書けます」なんて言うもんだから、僕も気になって読んでみました。
どんな感想を持ったか?
「簡単」かどうかはさておき、「この本を読んだ人のほうが、確実にデビューしやすくなるだろうな」と感じました。
中村先生は、もとから小説家を目指していたわけではありません。
高校は理系クラス、大学は工業系。青春時代はバンド活動に夢中だったそうで、6年間、工場で働いた経験もあります。「自分はプロのミュージシャンになれないのだ」と、はっきり理解したのは27歳になってからでした。その頃、友人が「バンドやらないなら小説を書けば?」と言ってくれたのが作家になる始まりだったというのです。
では、小説家を目指すようになるまでの人生経験は無駄だったかと言えば、ぜんぜん、無駄ではありません。
中村先生のヒット作『トリガール!』は工業大学が舞台です。
同じく人気作『デビクロくんの恋と魔法』のヒロインは、鉄工所に勤める溶接女子。
中村先生は、ある高名な作家がジャズ喫茶を経営していたことに触れたうえで、「僕はいかなる店も経営していないが、六年間、工場で働いていた」と述べています。また、冒頭に引用したように、「夏目漱石だって、僕のようにバンドを組んでいたわけではないんです」と書いています。
夏目漱石のような大文豪と比べたら、現代のほとんどの作家は、取るに足りない存在かもしれません。でも、「漱石にはなくて自分にはあるもの」だって、探せばちゃんとある。自分とまったく同じ人はこの世にはいないんだから、自分のなかにある「何か」を発見し、それを作品に生かせばいいのです。
「恋愛要素のある学園モノ」を書いているが、新人賞で二次選考より先に進めないで悩んでいる人がいたそうです。
その人は休日に友人とカートのレースをしていることが分かりました。
その人に中村先生は「カートのレースの話」を「恋愛要素のある学園モノ」に組み合わせて、今すぐ書くようにアドバイスしました。
1年くらいあとに、彼はその小説で賞をとってデビューしたのです。
「バンドものの小説」というだけだと新規性はない。でも、そこに「生花店」という要素が加わったら新しくなってくる。
「恋愛要素のある学園モノ」なんて数えきれないほどある。でも、「カートレース」という要素が組み合わされば、話は違ってくる。
中村先生は本書で、実践的な技術を惜しげもなく公開してくれています。僕なりに要約して列挙すると、
◇文章を答えの連続にしてはいけない。謎を立てよ。現在起きていることが気になれ
ば、読者は読むのをやめられない。
◇好きな小説を書き写せ。
◇「成長」こそが最高のエンターテインメントだ。『ドラゴンボール』『スター・ウォ
ーズ』『ハリー・ポッター』を見よ。
◇小説の最後の最後は、すべてが解決したあとのちょっとした会話や、ちょっとした行
動を書く。
このほかにも、いろいろなテクニックが盛り込まれているので、作家志望の方はぜひ読んでみてください。
中村先生は「僕の講座を受けて、小説の新人賞を取った生徒が、知る限りですが、何人もいます」と述べているので、教え上手なのでしょう。
中村先生に直接教わるわけにはいかない僕たちでも、この本を繰り返し読んで実行すれば、中村先生の講座を受講しているのと同じような効果が出てくるのではないでしょうか。